巫病(ふびょう)という現象と、私の家系が歩んだ道 | 沖縄の神んちゅ霊能者・久遠迪知|スピリチュアルアウェイクナー|7th Oracle

巫病は、スピリチュアルな領域に触れることで症状が落ち着くことが多い。
これは医学的にも一定の相関が指摘されている現象だ。
【巫病とは何か(家系に受け継がれた感受性)】
巫病とは、単なる精神疾患ではなく、家系に受け継がれた感受性が制御できないまま開いてしまう状態を指すことが多い。医療機関を頼れば統合失調症と診断されることが多い印象だ。
私の家系では、霊的な感受性は「特別な才能」であると同時に、「扱いを誤れば心身を揺らす力」として語り継がれてきた。祖母たちが経験した混乱も、医学的な診断名だけでは説明しきれない“家系固有の現象”として理解されている。
私の祖母たちも、巫(かんなぎ)として立つ前には「統合失調症」と診断されていた。
当時は“精神分裂症”と呼ばれていた時代である。
しかし彼女たちが経験したのは単なる精神疾患ではなく、
「巫としての感受性が制御不能なまま開いてしまった状態」
と捉える方が、家系の歴史を踏まえると自然だと私は考えている。
隔離と恐怖で対処された時代

当時の精神疾患と社会の認識
祖母たちが若かった時代、精神疾患に対する社会の理解は極めて乏しかった。「異常」「恐怖」「厄介者」といった烙印が押され、治療というより“排除”に近い対応が一般的だった。医療も制度も整っておらず、家族や里の判断で隔離されることが珍しくなかった。その背景を知ることで、祖母たちが置かれていた状況の過酷さがより鮮明になる。
祖母たちが若かった頃、精神疾患に対する社会(里)の対応は苛烈だった。
- 人里離れた4畳半の小屋に隔離
- 外鍵をかけられ、風呂もない
- 叫び声が収まるまで閉じ込められる
- 家族からも「厄介者」と扱われる
祖父が幼い頃、曾祖母も同じ扱いを受けていたという。
小屋に閉じ込められる前は、曽祖父が苛立ちから手を上げることもあった。
しかし彼女はその後、神んちゅ(巫)として復帰し、御嶽の祭祀を担う存在へと戻った。
もし巫として立てなければ、
「このまま死んでくれた方が一族のため」
そんな言葉が平然と語られる時代だった。
里(世間体)は、彼女たちにとって世界のすべてだったのだ。
巫として立つことは“結果論”にすぎない
私自身は幼い頃から、母方の神んちゅの祖母たちに連れられ、祭祀やハンダン(占い・霊査)の場に立ち会うことを許されていた。
父方はそれを良しとしなかったが、母方の血筋は明確に“継承”を意識していた。
祭祀は3人の神んちゅで構成される
御嶽の祭祀は一人で行うものではない。
3人の神んちゅが役割を分担し、数年ごとに交代する。
病気や不調があれば、各家庭から札(カミフダ)が出され、選別が行われる。
- 霊感の強い者 → 祭祀の中心
- 霊感の弱い者 → 侍女的役割
「私は神んちゅの血筋だ」と言っても、血統があるからといって霊感が強いとは限らない。
神んちゅを多く輩出したとはいえ、祖母たちの中にも霊感の強弱があり、担っていた役割もそれぞれ異なっていたはずだ。
そして、霊感の強い人ほど巫病を発症しやすい傾向にあると感じている。
巫病と精神病は紙一重で、境界はとても曖昧だ。
女性であれば、更年期の憂鬱な時期と重なることも多い。
霊的な感受性が開きすぎたとき、それを“病”と見るか“才能”と見るかは、
本人の状態と、周囲の理解によって大きく変わってしまうのだと思う。
私は“精神分裂”を経験しなかった

家系の歴史を見聞きしながら育ったが、私は精神錯乱の経験がない。
霊的な系統(役割)は父方を継承しながら、肉体における精神面は、母方の体質を強く継いでいるようだ。
母方から受け継いだ体質について
私自身の体質は、明らかに母方の血筋を強く継いでいる。
幼い頃から見えない存在を感じ取り、霊的な気配に敏感だったが、それを否定されることはなかった。母方の祖母たちは、その感受性を“異常”ではなく“継承”として扱い、私が混乱しないように環境を整えてくれていた。
この「否定されない環境」が、後の私の精神の安定に大きく影響している。
おかけで精神面は霊界に柔軟に対応できるように育ったと思う。
ただし、肉体環境面では様々な試練を経験することになる。
仮死状態で生まれた瞬間から何度も死線を越える体験を繰り返してきた。
- 17歳:高熱で生死を彷徨う
- 23歳:胆のう壊死で5日間意識不明
- 大人になってから:家族の病、経済問題、社畜生活
- 現在:がん治療の最中
その他にも様々な環境試練を経験したが、それでも精神が折れたことは一度もない。
不眠に陥ったりもしたがそれでもメンタルを病むような経験はない。
いつでもプチンと逝ってしまいそうな、私の悲惨な状況を心配した母と妹が、各々の信頼する霊能者に相談したところ、二人とも以下のようなことを言われた。
「この人は半身が生まれながらに既に墓場にある」
私はその言葉に妙な納得と安堵を覚えた。
現在でも、死の宣告を受けようが、化学療法を繰り返そうが、どこかで“肉体的苦痛を生きる証にしている”ような感覚がある。
修道士が鞭で肉体を打ち、僧侶が厳しい修行に挑むように。
苦難が精神を壊す方向へ向かわないのだ。
だから私は思う。
巫病として語られる精神分裂は、巫の道の“ひとつのパターン”にすぎない。
結果論であり、必須条件ではない。
私が精神を病まなかった理由
今振り返ると、幼少期の環境が大きい。
- 見えない存在を否定されなかった
- 霊的な感受性を“異常”と扱われなかった
- 祖母たちの背中を見て育った
- 霊査の世界を日常として受け入れていた
この環境が、私の感受性を“暴走させずに育てた”のだと思う。

もし神んちゅとして立たなければ、人生の苦難に翻弄され、ただ消耗して終わっていたかもしれない。
魂がこの人生を選んだ必然
どんな人生を選んでも、その魂に用意された課題は必ず現れる。
別の道を歩んでいたとしても、そこには別の苦難があったはずだ。
そう思うと、私はこの人生を選び、この人生を生きてきてよかったと感じている。
心が揺らぐとき、人は自分の輪郭を失いやすい。
その揺らぎを見て見ぬふりをすれば、日常の選択もまた乱れていく。
だが、まだ他者の言葉が届くうちは、軌道を整えることはできる。
魂の流れを読み、家系の縁や前世の因を知ることは、そのための一つの手段にすぎない。
それでも必要だと感じたときに、静かに扉を開いてほしい。
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この記事を書いた人 Wrote this article
久遠迪知|くどうみちし
スピリチュアルアウェイクナー/カミツカサとして、沖縄の神んちゅの系譜に連なる霊能者です。 霊視鑑定歴は30年。ココナラでは長年プラチナランクをいただき、多くの方の人生に寄り添ってきました(2026年4月退会)。 オーラリーディングや前世リーディングを通して、魂のテーマ、家系の流れ、今世での課題を静かにひもときます。 霊視に基づく霊査レポートには定評があり、「自分の輪郭が見えた」「生きる位置が分かった」とのお声を多くいただいてきました。 不安をあおるのではなく、あなたの尊厳を守りながら、魂が本来の位置へ戻っていくための伴走者でありたいと願っています。。