女神の白い石像が導く霊視の旅~江島大橋を行く~

先日、あるお客様とのセッションの中で、お客様自身が霊視した"白い石像"(おそらく女神としての威厳を備える)のビジョン。このビジョンは私にも共有され、なぜかこれが心を捉えて離さない。

そういうわけで、今回の記事はこの女神の白い石像を探す旅第1弾として、この正体につながっていく物語を過去の旅の様子も交えながらおとどけします。

天然石に導かれた出雲への旅路

もう20年ほど前だろうか。
オーラリーディングを始めたばかりの私は、当時はまだ目新しいブログサービスを開始した。
色んなサービスを使ってみたくて、楽天やそれこそ今はサービスを終了した様々なブログを使い倒した。

私は、セッション中に気になったことがあれば、日常の隙間時間に調べてみるのが習慣。それが必ずしもお客様の望みでなくとも、スピリチュアルの世界においては、あらゆる事象が交差し響き合う。これに応じることこそが私の役目であると感じている。

ブログを書き続ける理由もこの役目のためだと思っている。この隙間作業に手間賃を払う人はいない。下手でも誰に読んでもらえるわけじゃなくても記録することが重要。コツコツ書き続けるていると、不思議と天の流れに助けられることが多い。ひとたび行動を始めるとスピリチュアルな情報が集まてくる。

鳥取の有名なタロット占い師M先生とも、そうしてココログというブログサービスを通して知り合った。

鳥取・大山(だいせん)からの湧き水で清められる天然石

2003年に知り合った占い師のM先生は、パワーストーンブレスでも有名。彼女が作るパワーストーンには一つの秘密があった。それは、鳥取・大山の神秘的な湧き水で清められているということ。

大仙の湧き水は古くから霊的な力を持つとされ、地元では「聖なる水」として崇められている。この湧き水で清められたパワーストーンは、特別な力を持ち、そのエネルギーは非常にパワフル。

ある日、M先生がご自身の制作したブレスの画像をアップしていた。パソコンの画面越しに伝わるこの神秘的な石に導かれ、弾丸旅を決意。Mさんとの初対面を果たすために、鳥取・大仙までの旅を急遽計画した。

大仙|出典:とっとり旅【公式】
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大山寺の金狼伝説

湧き水のある大山には開山1300年の歴史を持つ「大山寺」がある。M先生は毎月1日と15日に大山寺近くで湧き水を組んでいて、その湧き水で制作しているパワーストーンブレスを清めているようだ。

大山は霊山でその開基によれば

出雲の国玉造の猟師・依道が美保の浦を通り過ぎた時、海の底から出てきた金色の狼を追って大山に入り、一矢で射殺そうとしたその時、地蔵菩薩が現れ、依道は殺生を悔いた。狼は老尼となり“自身は三生(前生、今生、後生)の行者として、この山を守る山神であり、依道と出会う運命だった。共に地蔵菩薩の御利益をいただこうではないか”と説いた。それにより、依道は仏道に帰依、金蓮上人と名を改め、老尼と同じ心をもって修業に打ち込んだ。

ぶらり、大山〜大山の不思議と素敵を語る

とある。今でこそ、この言い伝えの中にちりばめられたキーワードになんらかの意図を感じたりもするが、当時の私はこうした由緒などに興味もなく無知。とにかく、感覚だけでこの大山がものすごい霊山であることを理解した。当然そこから湧き出る湧き水は“御神水”で間違いない。

この魅惑の山に早く行きたくてうずうずしたが、私が鳥取を訪れたのは10月下旬。昼過ぎに到着したため、日が暮れるのが早い山道を行かねばならなくなるため、1日目はルートを変更して美保神社に行こうということになった。

江島大橋を通っていくことになった美保神社

M先生のサロンがある米子市から1時間ほどでいけるところにある港町で「水木しげる記念館」も通り道にあるという。

この時、かの偉大な水木先生が鳥取出身であったことを初めて知った。人間的にまるで未熟な三十路過ぎの自身を恥じた。

この水木しげる記念館へ案内したいということをおっしゃって、私たちは境港市を目指すことになった。ゲゲゲの鬼太郎は幼いころにアニメを少し見ただけで、対した知識はない。余談だが、物覚えの悪い私は昔見た映画を初めてみたように楽しめる才能がある。

「あ!」と突然、ハンドルを握りながら何かを思い出したようにM先生が言った。

「江島大橋というすごい橋が最近開通したんです。遠回りですけれど折角ですからそちらを通っていきましょう!」

と声が弾んだ。

道中、歴女でもあるM先生は大山に関する色々と話してくださった。

「冬至の前後は、大山からあがる朝日の光が海面に写り、このあたり道みたいになります。鳥取米子市には八百比丘尼という不老不死の人魚伝説があるんですが、大山の金狼伝説の海底からやってきた老尼と被るんですよね。そう思いません?」

そんな話をあれこれと聞いていると、ようやく江島大橋が出現した。

境港と島根松江の中海にかかる江島大橋

一瞬目を疑う。これは本当に橋なのだろうか。何がどうしてこんなことになっているんだ?(助けてくれ)
色んな感情が渦巻く。

江島大橋は通称ベタ踏み坂で有名。橋が架かるその下を大型のタンカーが行きかうため、高さを45m以上確保する必要がありこうなっているようだ。

それに先ほどまで晴天だった空が突然のゲリラ雷雨。目の前を稲光の閃光が走った。

※そのときの様子は以下動画でご覧ください。

https://youtu.be/zCH84FS3GKg

【ゲリラ雷雨はサイン】夜見が浜人骨が出土したあたり

今でもあの時の尋常でなかったゲリラ雷雨が気になっている。
というのも、私にとって雷雨は霊的なサインでもあるから。

そういうわけで、改めて霊査を行う。

橋を上り始めてすぐに雲行きが怪しくなり、頂上に着く手前から雷が始まった。ということは橋のかかる下に何かある、と考えずにいられない。

江島大橋のかかる境港市外江町の建設現場から55年前に出土し、2万~5万年前(後期旧石器時代)の女性の顎とされる。発掘後、行方不明になっていたものが今年の5月頃にみつかったとか。

発掘された場所というのがGoogleマップで確認してみると、どうも大橋の境港側あたり。人骨についてはこれから研究されるらしく鑑定結果が待たれる。

かつて江島は「蜈蚣(むかで)島」と呼ばれた

何故蜈蚣島と呼ばれていたのか。

たこ島にいたたこが蜈蚣(むかで)を銜えてこの島に止まったので蜈蚣島

風土記にはこのように書いてある。なんだそりゃ、というもやもや感が残るがここでふと、沖縄の神事で使われる旗を思い出した。

琉球王朝時代、中国への貿易船に航海の安全を願ってムカデ旗がたなびいていた。ムカデがなぜ航海安全につながるのか、というのは雷や雨風を司る龍神が嫌うからだという。

つまり、龍神を払いのけることで暴風雨を避け、航海の安全を保つ、ということです。

ムカデ(島)。ゲリラ雷雨(龍)。そして港町で起きたコレはただの偶然とは言い難い。きっとシンクロニシティで何かを暗示していたに違いない。

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弓ヶ浜にある粟嶋神社

弓ヶ浜は見ヶ浜ともいい、出雲国風土記の国引き神話の一節に「持ち引いた綱は夜見の島である」とある。

この夜見ヶ浜、現在の弓ヶ浜には粟嶋神社が存在する。初めての鳥取旅では行けなかったが、その神社には奇妙な伝説がある。

地元の漁師の娘が、それと知らずに人魚の肉を食べてしまい、不老不死になってしまった。娘は出家して、粟嶋の西側にある洞窟「静の岩屋」で隠遁生活を送り、一切のものを口にしなかった。娘は800歳を迎えて死に、「八百比丘尼」と呼ばれた。

Wikipedia「粟嶋神社」

八百比丘尼の伝承は全国の港町に多い。たしかに、ベタ踏み坂にむかう途中でM先生が話していた老尼とも被る。ただどうして人魚ではなく“狼”なのか。ここにも何かあるとは思うが一旦さておく。

この「静の岩屋」という洞窟について奇妙な体験をした。初鳥取旅のゲリラ雷雨の件が引っ掛かりながらも何もわからず、再びM先生の元を訪ねる数か月前だった。

【霊視】大蛇が守る龍の卵

話しを2006年に戻す。
次はどこを訪ねようか・・・そう思いながら米子市の名所をパソコンで検索していた時だった。この頃になると、ネット検索にかけるとようやくまともな情報が上がってくるようになった時代に突入しつつあった。

どうしてか「粟嶋神社」という名に目が留まった。記事を読んでみるとこの頃ちょうど気になっていた“少彦名神”が祭神とある。読み進めていると、脳裏に奇妙なビジョンがブツブツと切れたフィルムのように浮かび上がる。

目をつぶると、画面を通して時空移動したのか行ったことのない粟嶋神社の境内にいた。それもどうやら丘の裏手の方に立っているらしい。バスケットボールサイズの石がゴロゴロと地中に埋まっているような丘。ネット環境が良くなったとはいえ、今のように重たい画像をサクサク上げるのが難しかった。なので画像による情報は少ない。画像による情報はなかったことをお断りしておく。

境内を少し歩くと小さな間口の洞窟が見える。入れないように柵がされており、柵越しに中を覗いてみた。そこにはひときわ大きな蛇と周囲には足の踏み場もないほどの大量の蛇がいた。全身の毛が逆立った。それでもしっかり見続けると大きな卵を3つ、守るように蜷局(とぐろ)をまいている。

これを見つめていると、1つの卵にヒビが入り中から一瞬ムカデのようにもみえる“何か”が生まれ出た。目をこらすとなんとそれは小さな龍だった。

と、ここでハッと我に返る。私は慌ててM先生にメールを送った。

―――粟嶋神社なのですが、裏手の方に丸い石がゴロゴロと転がっているような場所はありますか?あと、洞窟もです。

今起こったことをすべて伝えると、明日一番で神社へ行ってみると返信があった。

本当にあったたくさんの丸い石

翌日の昼過ぎにM先生から写真が届いた。

―――こちらでしょうか。

ビジョンでみたものよりはやや小さいが、確かに丸い石だった。しかし至って普通の石。だからなんだ、という感じの。石のビジョンは一体何のために必要だったのだろう。

―――ただ、洞窟については私も初めて知りました。その洞窟は静の岩屋というそうです。これも例の八百比丘尼が絡んでるんですよ。

これはもう、行くしかないんじゃなろうか。
そういうわけで2度目の鳥取旅が決定した。

霊視は霊視でしかない。されど霊視。何かを知らせているのは確か。これを解かずしてこの先の私の人生はない。

いざ!

続く。